子どもたちが感じたことや考えたことを可視化する道具として、シンキングツールとICT機器を活用することにより、思考力・判断力・表現力の効果的な育成が図れると考え研究をスタートしました。
本校では、XYチャートなどのひな形を紙に印刷したものと、ホワイトボード、タブレットを合わせてシンキングツールと呼んでいます。1年目は、パナソニック教育財団の先行研究を参考に、単元のどの場面でどの思考スキルの育成をねらい、どのツールを使えばよいかを検討しながら、授業での活用を進めました。
2年目は、「シンキングツールの絞り込み」「子ども同士による思考の共有化」「2年間の成果のまとめ」を研究課題として取り組みました。
思考の共有化とシンキングツールの関わりでは、ホワイトボードとタブレットの組み合わせが有効なことがわかりました。本校ではタブレットを、写真やビデオの記録と再生を中心に、紙ではできない思考を実現するツールとして活用してきました。これに加え、グループで話し合った結果を電子黒板でクラス全体に示すなど、思考の練り上げと共有を支援するツールとしても有効です。
研究のまとめとしては、学年や教科、学習場面に見合ったツール活用のモデルを提案するため、本校での事例を分析して「シンキングツール活用レベル表」を作成しました。 2年間の研究を終えて、ICTとシンキングツールを組み込んだ新たな授業をデザインすることは、アクティブ・ラーニングへの対応にもつながるという手応えを感じています。
日常化した活用に、2年間の研究成果が見える
本校の2年間の取り組みを振り返ると、シンキングツールの活用意図は、子どもにとっては「イメージやアイディアを広げる」「考えを構造化する」ため、教師には「子どもの考えを把握する」ためのものであると整理することができます。
シンキングツールが子どもにとって本当の意味での「思考の道具」になるためには、発達段階に合わせた子ども自身のスキルアップと、活用バリエーションの拡散と収束、活用のルールと制限の共有が必要なことも明らかになりました。
本校では、全教員が授業を実施・検討し、活用のポイントを共有しながら実践を進めてきました。「シンキングツール活用レベル表」の開発は大きな成果ですが、表を作成したことではなく、ボトムアップをしながら作り上げてきた過程が重要。1年目は主に活用方法の拡散に取り組み、その成果を検討しながら、2年目は収束を目指していきました。
特別研究指定が終了した現在も、本校ではシンキングツールの活用と研究が日常的なレベルで続いています。全力疾走した研究期間に比べれば規模は縮小していますが、無理のない範囲での活用が根づいているのです。ツール活用の拡散と収束の過程で検討を重ねながら実践のモデル化を行い、活用の日常化へ至るという段階的な取り組みの結果です。私は、シンキングツールの活用が日常化した本校の現在の姿こそ、2年間の研究の成果ではないかと思っています。
中川 一史 放送大学 教授
本校は平成24年度より文科省の新教科開発の研究指定を受け、情報編集力の基礎を育成する情報科のあり方と、その力を働かせるための各教科の学習の工夫を追究してきました。情報編集力とは、多様な情報の中から必要なものを選び、組み合わせて創造的な価値のある情報をつくりあげ、問題解決に活用したり他者に発信したりする態度と定義しています。本研究では特に、情報を選択する力と組み合わせる力を重視しています。
取り組みの柱は、「各教科等の特質に応じた学習過程の工夫」「協働的な学び合いや言語活動の位置づけ」「ICT機器の効果的な活用」「情報モラル指導の充実」です。
情報編集力を働かせるための枠組みとして、各教科の問題解決的な学習活動の中に、情報を「つくる」「あつめる」「つくりあげる」過程を位置づけました。協働的な学び合いでは、タブレットやデジタルカメラなどのICT機器を活用して子どもの思考プロセスを視覚化することで、学び合いを通じて考えを高め、学習内容を効果的・効率的に捉えさせることができました。
研究の結果、自他の考えを比較しながら学び合う姿勢や、相手を意識してわかりやすく伝える力が高まると共に、ICT機器の活用技能や情報モラル意識の向上も見られます。
今後は、本校での研修会開催や外部の研修への参加を通じて、地域の小中学校への実践提案も行っていく計画です。この2年間で私たちが学んだことを普及し、地域の教育に貢献できればと考えています。
個人思考と協働学習の組み合わせで情報編集力が育つ
本校では、問題解決を図る学習プロセスの中に、情報を「つくる」(自分の考えを見出す)、「あつめる」(他者の考えを収集し取り入れる)、「つくりあげる」(よりよい考えをつくりあげる)活動を設定しています。それらの活動を結び付け、単元全体を通して設計していくことが情報編集力の育て方であり、教育課程のあり方であると捉えることが、本研究を貫く構想です。
ICT活用=協働学習と捉えられがちですが、本校ではただちに協働学習に向かうのではなく、個人思考(つくる)→協働学習(あつめる)→各自での創造・発信(つくりあげる)と、3つの段階を設定している点が特徴的です。これは、情報編集力を育てるためのステップと呼んでもいいでしょう。
各段階を通じて児童に求めたいのは、問題意識を常に持ち、活動を通じて発展・解決してほしいということ。合わせて教育課程の創造という観点から、教師がどのような学習スタイルや流れをデザインすべきかという課題にも取り組んできました。
本校は平成24年度に、「協働的学び合いをつくる言語活動」をテーマに校内研究を行っています。こうした活動と情報科に関する取り組みを上手くリンクさせたことが、優れた研究成果につながったと言えます。
今後は、本研究の成果や継続して取り組む研究課題と、ICT活用や情報活用能力との関係を整理しながら実践を進められると、より充実した情報科の教育課程の提案につながると思います。
新地 辰朗 宮崎大学 教授
本校では以前からICT活用に取り組んできましたが、活用するのは主に教師で、活用法も教材提示など一般的なものが中心でした。特別研究指定を受けた平成25年度からは、生徒もICTを活用して考えを表現・共有することで、新しい学び合い・磨き合いの場をつくることを目指しました。
1年目は、新しい授業の基盤づくりに取り組みました。教師のICT活用力向上のため、研修会を年6回実施。生徒に対しては、必要な場面で使用するための学習ルールを定め、徹底を図りました。また研究の組織づくりでは、教師全員が研究3部会のいずれかに所属し、教員集団が一丸となって取り組む体制を整えています。
実践では、「まずはICTを使ってみる」をキーワードに、全員が1人1回の研究授業を行いました。これら事例を分析し、ICTの特性を生かせる活用場面を教科ごとにまとめ、共有化しました。
2年目は、ICTの良さや特性を理解した上で、効果的に取り入れることを目指しました。合わせて、ICTの活用検証に絞った研究会の実施、授業実践例の取りまとめ、タブレット活用の校内スケジュール表作成も行いました。
研究成果としては、生徒の学習意欲が向上し、自ら考え判断し、表現しようとする態度が育ったことと、全教科におけるICT活用実践例の書籍化が挙げられます。
本校は今年度も市の研究指定を受け、タブレットPCを活用した授業開発に取り組んでいます。2年間の研究成果を生かしながら、地域のパイロット校として引き続きICTの活用方法を探っていきます。
成果を客観的に示すエビデンスを期待したい
本校の「全校挙げてのICT活用授業研究」の成功要因は、[1]校長のリーダーシップとそのビジョンを具現化する教員のフォロアーシップ、[2]確立された授業基盤(授業規律・学習習慣の構築、教材作成・ノート指導など)、[3]何事にもオープンなスタンス(外部人材との連携や、教科・学年を越えて支え合う同僚性)の3つだと思います。
[1]は随所に見られます。例えば本校の教育目標では、3年間を通じて確かな学力を育てる手立てとして、「ICTを活用した授業」が明確に位置付けられています。校長をトップに、全教員が参加する研究組織づくりもリーダーシップによるものですし、全学年・全学級一斉に授業公開する研究会の実施も、「やらなければ」という雰囲気をつくる戦略です。
[2]は、研究以前の日々の実践の中で培われてきたものです。授業での挙手率の高さや、休み時間中に生徒自身がICT機器の準備をする姿からも、授業規律や学習習慣の徹底ぶりが伺えます。こうした規律があるから、学校全体で足並みを揃えて研究に取り組むことができるのです。
本校では、教科指導におけるICT活用は十分に定着しています。今後は、情報活用能力の育成計画表の作成や、能力を把握するチェックリストの作成など、情報活用能力を系統的に育成する手立ての開発が期待されます。また、思考・判断・表現の各能力の向上を客観的に示せるエビデンスもほしい。現状の授業スタイルを変えるのではなく、自分たちの実践を評価・判断する視点を充実させることがポイントになると思います。
豊田 充崇 和歌山大学 教授
学習者は、文字や図、言葉などの外部情報を、主に視覚・聴覚・体感覚を通して取り入れ、理解します。人によって優位な感覚があり、そのタイプを把握することで、個に応じた支援の工夫が可能になります。本研究では特に、通常学級に在籍する支援を必要とする生徒への指導のあり方を検証しました。
研究の具体的内容は、[1]研究のための理論整理、[2]優位感覚タイプの抽出方法の確立、[3]教師のICT活用スキルの向上、[4]授業での効果的なICT活用の実践、[5]優位感覚タイプに応じたICTの効果的な活用です。
[2]では、独自のチェックシートを使って支援が必要な生徒の優位感覚タイプを調べ、この生徒たちをターゲットとして、授業での支援の有効性を検証しました。
[4]と[5]として、独自形式の指導案を基にした実践事例集を作成しました。本校の指導案は、ICT機器の種別、活用意図と場面、支援対象となる優位感覚タイプを明記している点が特徴です。支援の効果はインタビューによる再生刺激法で検証し、聞き取った内容を先の指導案に反映します。こうした形式で34事例を蓄積できたことが、研究成果のひとつです。
また研究を通じて、視覚優位の生徒には電子黒板での拡大提示や動画による問題把握など、聴覚優位にはタブレットでのドリル学習、体感覚優位には電子黒板やタブレットでの直接操作が有効な支援であることもわかってきました。
本研究で得た知見は、通常学級における特別支援教育とICTの効果的活用という教育課題をつなぐ手がかりになり得るものであり、今後も広く発信していきたいと考えています。
他の先生方も本校の指導案を参考にしてほしい
授業におけるICT活用には、[1]とにかく使う、[2]どういう場面で、どのように効果的に使うかを考える、[3]どういう子どもに、どのように使うかを考えるという3つの段階があります。
本研究の評価点のひとつは、この「ICT活用の3段階」の意味を十分に理解して授業研究に取り組んできたことです。「通常学級に在籍する支援が必要な生徒」という対象を明確にし、当初から第3段階まで視野に入れていることに意義があります。
次に、指導案に工夫が見られることです。本校の指導案は、授業のどの場面で、どの優位感覚タイプの生徒を意識し、どのようにICTを活用するかを明示し、授業後の効果検証の結果も反映させたものです。これは他校の先生方にとっても大いに参考になるはずです。
優位感覚タイプを同定するための「学習スタイルチェックシート」を教職員全体で検討し、改良している点も評価できます。優位感覚の同定には医学的見地などもありますが、このチェックシートは、各教科の具体的な学習場面における子どもの反応から探るという実践的なもの。自分たちで地道につくってきたものですが、それを固定したものとせず、改善を続けることが大切です。
今後の課題は、再生刺激法をさらに適用し、ICTを活用した授業場面での生徒の内面過程(認知・情意・意欲)を把握することと、生徒の特性に応じたICT活用の実践事例を積み重ねることです。こうした取り組みの先に、個に応じた本当の意味でのICT活用のあり方が見えてくると思っています。
吉崎 静夫 日本女子大学 教授
特別支援学校には、健康面や認知面、運動機能面のさまざまな課題を抱える多様な児童生徒がいます。個に合わせた指導のために、多様な学習課題と、それに対応する教材教具が必要です。これまで個人レベルに留まっていたこれら教材教具の蓄積をデータベース化し、さらにネットワーク化して学校外へ広げることが本研究のテーマです。
本校ではこの5年間を通じて、自立支援活動の充実と、確かな学びを育む授業のあり方を検討してきました。これらの成果も踏まえ、特別研究助成を活用して「TMSN -特別支援教育・教材共有ネットワーク-」を構築し、学校や福祉施設のニーズも聞き取りながら充実を図っています。
発達水準や課題項目などで検索可能な教材ページでは、プリント教材やデジタル教材など1000点以上と、フラッシュ教材約30点を登録。どなたでもアクセス可能で、教材の詳細を確認することができます。
また、本校が作成した認知・運動・コミュニケーション面のアセスメントチェックリストも提供しています。サイトでは、チェック後のデータを基に発達水準などを調べることもできます。この他、教員や保護者のための意見交換ページ、特別支援教育に関するQ&Aやお役立ち情報などのコンテンツもあります。
教材共有ネットワークを支えていく体制づくりと、サイトの存在を広報していくことが今後の課題です。使い方を解説する書籍の出版準備に加え、研究会や学会などでの情報発信にも取り組んでいきます。協力校との連携を深めながら、内容のさらなる充実も進めていきたいと考えています。
地域との連携を深め、センター的機能の充実を
本研究では、特別支援学校の中核となる自立支援活動の充実に向けた教材開発を行い、多様な教材情報を集めたデータベースや、アセスメントチェックリストなどをホームページに公開することができました。
特別支援教育においては、障害の多様化が進む中で、個々の発達課題に応じた適切な指導が必要になっています。研究副題に示されているように、本校はそのセンター的な役割を担うことを試みました。
「TMSN -特別支援教育・教材共有ネットワーク-」はその成果のひとつです。発達水準や自立活動の区分、課題領域やキーワードでの検索が可能な教材データベースでは、すでに1000点以上の教材情報を掲載しています。
アクセス数は夏の研修期間などにぐっと上昇し、その後減少する傾向が見られます。この上昇を維持できる仕掛けが今後必要かと思われます。
もうひとつの成果は、地域ネットワークが構築されたことで、本校がセンター的機能を発揮し始めていることです。教材共有ネットワークなどでの情報公開をきっかけに、地域との交流や支援が始まりました。今後、より広い地域と絆を深めることを期待しています。
教材共有ネットワークを中心とした本校の取り組みがさらに発展し、情報の蓄積、発信、共有が継続的に行われることで、さらなるインクルーシブ教育が実現することを願っています。
※堀田先生は、成果報告会当日ご欠席のため、会場ではメッセージを流しました。
堀田 博史 園田学園女子大学 教授