2019年度(第45回)実践研究助成 一般助成表彰

 

 2019年度(第45回)実践研究助成 一般助成の優秀な研究成果報告書を紹介します。
※実践研究助成の助成校は研究計画に即して実践研究に取り組み、その成果を研究成果報告書にまとめます。当財団では、一般助成校の研究成果報告書の内容等を評価し、優れたものを表彰すると同時に、当該学校の実践の特長等を実践研究助成の専門委員が解説しています。一般助成校による実践研究の成果をより多くの方々に、より分かりやすくお伝えいたします

評価を担当いただいた専門委員

岸 磨貴子 明治大学 准教授

北澤 武 東京学芸大学 准教授

島田 希 大阪市立大学 准教授

瀬戸崎 典夫 長崎大学 准教授

福本 徹 国立教育政策研究所 総括研究官

森田 裕介 早稲田大学 教授

(五十音順)

全体講評

森田裕介 早稲田大学 教授

 パナソニック教育財団は、学校現場における教育課題の改善を支援するため、長きにわたり情報コミュニケーション技術(以下、ICT)の活用推進と実践研究の助成を行ってきました(「実践研究助成」参照)。本助成は、子どもたちの資質・能力を向上させる有用性の高い教育実践を支援するとともに、その成果を社会に広く普及させることを目的としています。

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 この一般助成を受けた学校(以下、一般助成校)は、1年間にわたり実践研究に従事し、その成果を研究成果報告書にまとめて提出することとなっております。2000年度以降に提出された研究成果報告書は、すべて財団ホームページ「実践研究助成データベース」にて公開されています。2019年度(第45回)は、67件(小学校29件、中学校16件、高等学校14件、特別支援学校8件)に一般助成がなされました。この67件分の研究成果報告書を加えますと、合計して3,117件の実践研究の知見が蓄積されたことになります。

 一方で、一般助成校の研究成果報告書の中から、特に優れた実践事例を表彰するとともに、その特長を解説した講評を合わせて掲載することとなりました。2019年度(第45回)では、昨年に引き続き、次の5つの観点から研究成果報告書を総合的に評価し、61件中から12件の実践事例を選出いたしました。

  • 内容面1:研究内容・活動の創意工夫
    取り組みにその学校ならではの工夫を確認できる。
  • 内容面2:研究成果の説得性
    取り組みの成果を量的・質的データで説明している。
  • 内容面3:研究内容の適用可能性
    実践推進上の問題解決の過程を示しており、
取り組みを他の学校が参照しやすい(つまづきや悩みにも言及している)。
  • 内容面4:実践の批判的検討
    取り組みを自己点検して、改善のポイントやその具体化を構想している。
  • 形式面 :表現の工夫
    分かりやすい文章で記されており、図表や写真が適切に用いられている。

 12件の実践は、先に示した評価の5つの観点から、多くの学校に広く知らしめる価値があると判断した事例です。「優秀賞」には、根拠となるデータを示すとともに、研究成果報告書として参考になるようなまとめ方がなされていた事例や、ICTの活用について参考になる要素が含まれた社会的に有意義で優れた実践など6件が選出されました。「奨励賞」には、いくつかの観点から秀でた工夫がみられる6件の実践事例が選出されました。これら受賞校の優れたポイントは、次の3点にまとめることができます。

 第一に、データを基にしたエビデンスベースの授業改善を行っている点です。例えば、柏市立手賀東小学校は、算数科において解決すべき課題を明確にし、R-PDCAサイクルを考案して実践を改善し、学力の向上が見られたことをデータとして示すなど、エビデンスベースによる教育改善を行った事例として高く評価されました。それ以外にも、松江市立意東小学校は、インクルーシブなデジタル図書館を目指して実践を行い、量的なデータと質的なデータの観点から報告しています。また、長浜市立長浜北小学校は、外国人児童の学習意欲の向上を課題として、ICT機器を活用したことによる効果をデータとして示しています。これらの実践研究報告は、教育実践の改善をデータ(エビデンス)を基に行う方法とその有用性を示したもので、多くの学校の参考になるとの評価を得ました。

 第二に、カリキュラムや教材・ツールの開発を行っている点です。例えば、八戸市立島守中学校は、地域活性化とキャリア教育を結びつけた教科横断型の学びを提案しています。また、富山大学人間発達科学部附属特別支援学校は、論理的思考力の向上と人間関係形成を目指したプログラミング教育のカリキュラムを提案しています。セキュリティキャンプ実行委員会は、学校外で実践されるインフォーマルな学びとして、ホワイトハッカーを育成するためのカリキュラムを提案しています。広島市立福木中学校は、自然放射線の測定を中心とした教材開発を行うとともにその効果を検証しています。沖縄県立大平特別支援学校では、デジタルツールとして、oTAMSA(Ohira Teaching Approach Methods for Self-reliance Activities)を開発しております。これらの実践研究報告は、開発されたカリキュラムや教材・ツールそのものではなく、むしろ開発のプロセスが参考になるとの評価を得ました。

 第三に、ICTを適切に活用した有意義な実践を行っている点です。例えば、大阪府私立香ヶ丘リベルテ高等学校では、AI英会話学習アプリによる発音チェックを行う個人の学びと、海外の提携校とのテレビ会議による協働学習を行い、英会話力を向上させる取り組みを行なっております。また、名張市立桔梗が丘小学校は、タブレットの導入とアプリの活用を行いその有用性と課題をデータで示すとともに、名張市教育センター主催の研修会において知見を共有しております。福井市啓蒙小学校は、個に応じた支援が必要な場面におけるタブレットやアプリの活用事例をまとめております。静岡県立掛川西高等学校は、「ICTを使った高校生による持続可能な地域活性化」を目指して、プロジェクションマッピングの実践、プロジェクションマッピングに関する電子書籍の出版、国内外の学校との連携によるイベントの開催を開催しています。これらの実践研究報告は、デバイスやアプリケーションをどのように活用したら有効なのか、どのような意義を持ってICTを活用したらよいのか、と言う視点を与えてくれると言う点で評価を得ました。

 以上を踏まえて総括しますと、実践研究の方法や有用性の示し方など、多くの学校にとって有益な報告が多数見られました。また、成果報告書の書き方も改善され、他者に伝わる書き方になってきました。さらに、より良い実践研究を推進しようとお考えの先生に、次の2点をお示しいたします。

 まず、エビデンスとなるデータの収集を行う方法についてです。データは、何でも良いというわけではありません。教育実践研究では、要因が複雑に絡まっていて「そもそも何が課題(問題)なのか」が明確ではありません。逆に言えば、その課題(問題)の本質が明確になれば、解決方法は自ずと見つかり、より良い実践へと改善できます。まずは、経験と勘を他の先生と共有し、実践をデザインしながら、様々な角度から量的、質的なデータを集め、判ったことをまとめてください。次に、要因をひとつだけ抽出し、仮説を立て、その仮説を検証するための実践を行ってください。このようなプロセスを繰り返すことで、より良い改善のサイクルが産まれます。言うのは簡単ですが、とても難しいことですので、最初から完璧を目指さず、継続的に実施してくことが肝要です。

 次に、新しいカリキュラムや教材の開発を行う方法についてです。カリキュラムの開発は、学校や教育委員会、インフォーマルな学びを運営する団体ごとに、数年にわたって改善を繰り返していくプロセスが必要であると言われています。関係者からは見えてこない実践の良い点や改善点などは、第三者を活用することによって明確になるかもしれません。教材の開発についても、多くの業務を抱える教員がすべて行うのは現実的ではありません。企業や大学関係者らと協働で役割分担をし、プロジェクトとして実践研究を進めるほうが良い場合もあります。例えば、「特別研究指定校」は、パナソニック教育財団の専門委員となっている大学研究者の訪問アドバイスを期間中6回受けることができます。これを機に、さらなるチャレンジを進めていただければと考えております。

 末筆になりますが、昨今のコロナ禍においては、主体的にICTを活用し、社会の問題を協調的に解決していくような人材を育成することが求められております。初等・中等教育段階は、ICTを活用するための基礎的な知識やスキルを習得するためのフェーズと言っても過言ではありません。当財団が集積した知見によって、多くの児童・生徒が主体的に、より良い未来を創ることができるような学びを継続していけることを祈念しております。

 なお、今回の研究成果報告書の評価は、実践研究助成の専門委員の中から、次のメンバーが担当いたしました(五十音順)。

 岸 磨貴子  明治大学 准教授
 北澤 武   東京学芸大学 准教授
 島田 希   大阪市立大学 准教授
 瀬戸崎 典夫 長崎大学 准教授
 福本 徹   国立教育政策研究所 総括研究官
 森田 裕介  早稲田大学 教授

表彰校一覧

優秀賞(6件)

小学校3件、中学校1件、高等学校1件、特別支援学校1件

奨励賞(6件)

小学校2件、中学校2件、高等学校1件、特別支援学校1件

優秀賞(6件)

柏市立手賀東小学校(千葉県)
研究課題 評価者 報告書
算数科のつまずきを解消し「学ぶ意欲」を育むR-PDCAサイクルの確立
~データ分析に基づく授業改善を通して~
明治大学 岸 磨貴子 准教授 報告書(PDF)
講評

 柏市立手賀東小学校の研究報告書は、大変優れたもので、特に次の3つの観点が評価され、優秀賞に選ばれました。

 まず、研究に至る背景が明確であり、現場のニーズや課題に基づいて研究が行われている点です。手賀東小学校では、算数科における子どもたちのつまずきの課題を明確に捉え、子どもがどこで、なぜつまずいているかについてのエビデンスを収集、分析しながら、指導支援の手段を提案しています。

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 次に、手賀東小学校が提案する研究のモデルが学校の現状に基づいたものであり、参考になる点です。本報告書では、2つのモデルが提示されていました。ひとつは、授業改善のためのKKDDモデルです。これまでの教師の「勘(K)」「経験(K)」「度胸(D)」に支えられた授業設計を否定するのではなく、「データ(D)」をいれることで、エビデンスに基づいて改善していこうというものです。もうひとつは、課題の改善(解決)に向けてPDCAサイクルのC(チェック)の部分にエビデンスベースを取り入れること、また、PDCAサイクルの前に子どものつまずきをリサーチ(R)することを含めたR-PDCAサイクルを提案していることです。既存のモデルをそのまま使うのではなく、学校の現状や課題に即してモデルの意味を深めたり、新しい要素を加えたりしながら、独自性のあるモデルを提案している点も評価できます。そしてそのモデルをいかに研究のプロセスで実施したのかがよくわかるような事例が示されておりました。

 加えて、多様なデータを複合的に組み合わせて考察している点です。問題の正答率、学力調査の結果、学年ごとの成果、授業の変化、子どもの変化など多様なデータを収集し、その成果と課題について考察されていました。また、他の学校が参考にしやすい表現、たとえば、事例の示し方、図表での示し方についても、高く評価されました。

名張市立桔梗が丘小学校(三重県)
研究課題 評価者 報告書
主体的・対話的な学びを通した思考力・表現力を育成する授業の創造
~タブレット端末を活用した、「話したい」「話し合いたい」「伝えたい」と高めあう児童の育成~
大阪市立大学 島田 希 准教授 報告書(PDF)
講評

 名張市立桔梗が丘小学校は、主体的で対話的な学びを通して、思考力・表現力を育成する授業の創造を目指した研究を進めてきました。具体的には、タブレット端末を活用して、「話したい」「話し合いたい」「伝えたい」と高めあう児童の育成に取り組んできました。同校の研究課題は、知的好奇心は高いが、積極的に発言したり、根拠を明らかにして説明したりすることが苦手であるという児童の実態にもとづいて設定されたものでした。報告書では、こうした課題を克服するために、タブレットをペアやグループで用いて調べたり、その内容を交流したりする学習が行われたこと、そして、その効果検証の結果がわかりやすく記されています。

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 そして、同校の研究のもうひとつの特徴は、名張市内におけるICTやそれを活用した教育の普及を目的のひとつとして据えているという点であり、そのために実施したことや工夫が報告書において記されています。例えば、同校は、名張市教育センター主催「タブレット活用研修」において実践発表を行っています。そこで、同校の実践や活用した教材、備品を紹介したことが、名張市内の小学校におけるその後の実践につながったことが記されています。さらに、タブレット端末を使う際に便利だと感じるものについての情報を、SNSを通じて学校内外の教員と広く交流し、市内先行実践校として実際に活用し、その効果を紹介したことが、名張市内の小学校の備品の整備に結実したこともまとめられています。

 これらのほかにも、すべての教員が実践ファイルを作成したり、それを発表する研修を実施したりするなど、授業における工夫のみならず、学校内外における普及・定着を実現するために、様々な工夫や取り組みが行われてきたことが同校の報告書からうかがえます。同校の報告書は、同じような取り組みを進めようとする他校にとって適用可能性が高いものに仕上がっており、その点が高く評価されました。

松江市立意東小学校(島根県)
研究課題 評価者 報告書
読みに困難のある子のためのデジタル学校図書館
~読書を楽しみ情報活用の力を培えるインクルーシブ図書館を目指して~
大阪市立大学 島田 希 准教授 報告書(PDF)
講評

 松江市立意東小学校は、読みに困難を抱える子どもたちが読書を楽しみ、情報活用の能力を培うことを目指した「デジタル学校図書館」の実践を展開してきました。具体的には、「電子書籍の導入」「本を選べる環境の整備」「紙から音を取り出す環境の整備」といった学校図書館の環境整備に取り組んできました。同校の報告書では、こうした環境整備の手立てのみならず、その効果を検証した結果についても丁寧に記述されています。

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 例えば、同校では、子どもが抱える「読みの困難」が生じる背景が多様であることをふまえ、電子書籍についても5つの手立てを導入していました。そして、報告書では、それぞれの特徴や子どもにとっての使い勝手、抱えている困難による好みの違いがわかりやすく整理されています。また、本を選べる環境の整備や紙から音を取り出す環境の整備に関しても、具体的な手順が写真ともにわかりやすく整理されています。紙から音を取り出す環境の整備については、「カメラの精度や撮影時のゆがみを減らすことが重要になる」「図鑑のように厚手の本の場合、撮影が難しい」、ゆえに「専用の撮影台を作成した」など、極めて具体的なノウハウが記されています。こうした記述からは、ノウハウだけではなく、同校が、読みに困難を抱える子どもたちに資する環境整備のために試行錯誤した軌跡を読み取ることができます。

 こうした同校における試行錯誤の軌跡は、実践の批判的検討、つまり、取り組みの自己評価の記述にもあらわれています。報告書では、ある子ども(D児)のケースが詳細に記述されています。そこでは、当初、D児の状況をふまえた上で介入を試みたが、状況が好転しなかったこと、それに伴い方針を修正した結果、長編の書籍を読みきり、いまも続編を読み進めており、さらには、D児の読書に対する姿勢にも変化が生じたことがまとめられています。

 このように、同校の報告書からは、「読みの困難」の多様性に応じた手立てのレパートリー、その際に必要となる工夫や試行錯誤の軌跡を読み取ることができ、他校が参照、そして共感しやすい内容になっている点が高く評価されました。

八戸市立島守中学校(青森県)
研究課題 評価者 報告書
学習や諸活動に主体的に取り組む生徒の育成
~ICTを活用して、キャリア教育の実践を「ふるさと島守」の地域活性化と結びつける研究~
東京学芸大学 北澤 武 准教授 報告書(PDF)
講評

 八戸市立島守中学校の実践研究では、総合的な学習の時間を中心に、地域活性化と町おこしをテーマにした学習に取り組んできました。そして、子ども達の主体性を高めるために、例えば、「育てた野菜をどのように広く効率よく販売するか」、「よりよいプレゼンテーションをするためにはどうあればよいか」について、ICTを活用しながら、生徒自身が考えながら取り組むような教育支援について研究し、成果を報告しております。全校生徒は24名と小規模校ですが、子ども達が地域と密着してICTを活用しながら町おこしを行っていく授業実践と評価分析は、新しい学習指導要領に求められる問題発見・解決能力と情報活用能力の育成と、教科横断型の授業実践という観点から、他校にも参考になると高く評価されました。

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 本報告書の素晴らしい点として、目的、実践、分析、評価の論旨が首尾一貫していることが挙げられます。本研究の目的は、「学習や諸活動に主体的に取り組む生徒の育成を目指すこと」、「教科横断型の学習をとおして、地域に活動の発信を図りながら実践を行い、ICT活用力とプレゼンテーション力を身につけさせることにより、生徒の主体性を高めることを目指すこと」などが掲げられていました。この目的を達成するために、生徒が主体的になるための仕掛けや、具体的な授業場面について報告がなされました。例えば、生徒がプロのアナウンサーを招いて、インタビューの仕方について基礎を学んだ後に、地域の農家を訪問して、農業にかける思いについてインタビューする活動について紹介しております。そして、地区の統括自治会長や地域の観光協会会長の前で自分たちが考えたアイデアについて、ICTを活用しながらプレゼンテーションを行う実践が報告されております。これらの実践について、学校評価アンケートの分析を行い、生徒の「授業に主体的に取り組む」、「諸活動に主体的に取り組む」などの項目に高い値が得られたことが明らかとなっています。生徒、教員の授業記録や自由記述の質的分析からも、本実践が効果的であったことが述べられていました。今後、本実践研究が継続され、ノウハウが他校にも広がっていくことを期待しています。

香ヶ丘リベルテ高等学校(大阪府)
研究課題 評価者 報告書
2技能特化型プログラムによるグローバルコミュニケーション力の育成をめざす外国語教育「共生するための架け橋」
~テレビ会議を通じ、異文化を学び、国際感覚の豊かな生徒を育てる~
長崎大学 瀬戸崎 典夫 准教授 報告書(PDF)
講評

 大阪府私立香ケ丘リベルテ高等学校では、テレビ会議を利用した語学協働学習によって、「聴く」・「話す」の2技能の修得を目的とした外国語教育の実践に取り組んできました。本研究では、学校の現状や生徒の実態を踏まえた背景をもとに、明確な研究目的が設定されています。外国語教育における、苦手意識や自尊心の低さを有する生徒らに対して、4技能ではなく2技能の修得という、限定的でかつ具体的な目標を設定することによって、研究の位置付けが明確に示されています。また、情報科と外国語科教員の教科の枠組みを超えた協働的な取り組みによって、授業に対する教員側の意識が変容したことについても報告されています。

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 本報告書では、生徒が成長する様子や学びに対する意識・態度の変容について、詳細に言語化されており、読者にとっても魅力的な実践研究であったことが伝わります。特に、英語に対して自信がなく、受け身であった生徒が徐々に主体的に関われるようになったり、活発に議論に参加できるようになったりする様子が記述されており、生徒たちが学びながら成長していく姿をイメージすることができました。さらに、ルーブリックを用いることによって、普段のペーパーテストでは評価されなかった生徒のコミュニケーション力を高く評価できた点も興味深いです。また、英語を苦手とする生徒にとって、直接的な対面学習だけではなく、タブレットへの録音やAIアプリによる発音チェックによるフレーズ練習も効果的であったことがわかります。

 本実践は、学ぶ理由が明確であったことと「学びの宛先」が示されていたことから、生徒らが学ぶ意義をよりよく理解し、意欲を持って取り組めたのでしょう。テレビ会議システムを利用した遠隔教育が比較的容易になってきた昨今において、他校にとっても有用な知見となりえる点が評価されました。

富山大学人間発達科学部附属特別支援学校ICT教育研究プロジェクト(富山県)
研究課題 評価者 報告書
「主体的・対話的で深い学び」を目指したプログラミング教育の実践とカリキュラムの創造
~知的障害特別支援学校の自立活動における論理的思考能力の向上と人間関係形成を目指して~
国立教育政策研究所 福本 徹 総括研究官 報告書(PDF)
講評

 新学習指導要領では、小学校と同じく特別支援学校小学部においてもプログラミング教育が教育課程上に位置付けられています。小学校における実践は、例えば「未来の学びコンソーシアム」などでも紹介されていますが、特別支援学校(知的障害)などにおける実践は少なく、教育目標・内容・方法・評価に関する検証はごくわずかであるという現状があります。

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 富山大学人間発達学部附属特別支援学校ICT教育研究プロジェクトでは、小学部の自立活動の時間に週1時間の自立活動『プログラミング』の時間を設け、年間指導計画に基づいたプログラミングの指導、プログラミングを自立活動に位置付けた際の教育的効果の測定を行い、大きな成果を上げるとともにその成果を分かりやすく示しています。

 年間指導計画では、まず4月に、ダンスという児童になじみがある活動をベースにしたアンプラグドのオリジナル教材を用い、プログラミングの導入を図っています。5~7月にはヘビに似たタンジブルタイプの教材を用い、児童が愛着を持てる外観の教材であるとともに、児童がプログラミングを行った実際の動きを検証しやすく、プログラミング能力の向上を図っています。そして、8~12月はビジュアルプログラミング教材を用い、プログラミング的思考の育成のフォーカスした指導を行っています。最後に1~3月には、生活に密着した課題について、問題解決を図るためのプログラミングを行い、日常生活の中にプログラミングが生かされていることを学んでいます。

 また、教育的効果については、エピソード記録はもちろんのこと心理検査、アセスメントなど多くの指標を用い、対象とした児童において大きな成果を上げています。

 加えて、これらの成果について、8月には公開研修会を開いたり、指導資料を作成して富山県内の特別支援学校に配布したりするとともに、パナソニック教育財団のWebページでもダウンロード可能とするなど、広く普及するための取り組みもしております。カリキュラムの創造・実践・評価・普及など多くの点から、参考にしていただける実践報告であることが高く評価されました。

奨励賞(6件)

福井市啓蒙小学校(福井県)
研究課題 評価者 報告書
発達障害がある児童の、主体的な活動を支援するためのICT活用
~特別支援学級と通常学級を繋げ、学習効果と表現力の向上を図る~
明治大学 岸 磨貴子 准教授 報告書(PDF)
講評

 福井市啓蒙小学校の研究報告書は、日本の学校の課題のひとつでもある通常学級と特別支援学級のつながりをつくるためのアプローチ、具体的な方法、その成果が報告されており、大変参考になるものでした。特に次の3点について高く評価され、奨励賞に選ばれました。

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 まず、ICTを活用する目的と意義が明確であることです。特別支援学級と通常学級の児童の交流をするには単に双方を出会わせるだけではなく、出合わせ方が重要であることが示されていました。具体的には、双方が主体的に活動に参加しあい、相互理解へとつなげていくためには、子ども一人ひとりが自信を持てるようになること、および、対話と協働が重要だと考え、その支援のためにICTが活用されています。

 次に、ICTを多様な子どもの能力を引き出す道具として、多様な方法で利用されていることです。子どもの個に応じてICTをいかに活用できるかについて具体的な事例も示されていました。

 加えて、子どもの学びの様子や変化を丁寧に記述している点です。子どもたちの情動や行動の変化を記録しつつ、毎回の実践で次に何を改善、発展させていくかについても報告されていました。

 本研究をきっかけとして教員間のコミュニケーションが生まれ、児童の学びを支援するコミュニティが構築されたとの報告もあり、本研究が個々の児童や教師だけではなく、学校という組織全体に対しても発展するきっかけとなっていることが評価されました。

長浜市立長浜北小学校(滋賀県)
研究課題 評価者 報告書
日本語指導教室におけるICTを活用した日本語指導担当教員・学級担任・地域の大学との連携 大阪市立大学 島田 希 准教授 報告書(PDF)
講評

 長浜市立長浜北小学校は、近年増え続けている外国人児童の学習意欲の向上を目指したICTの活用に取り組んできました。同校の報告書では、代表的な実践をタブレットを用いた実践とポケトーク(翻訳機)を用いた実践に分けて、その内容が整理されています。また、前者については、「ひらがな、カタカナの練習アプリを利用した学習」「漢字アプリを利用した書き取り学習」「インターネットを活用した九九の学習」「『ロイロノート』による発展的な学習」について記述されています。それぞれの取り組みについて、児童の実態などそれが必要とされる状況、実施した内容、子どもの反応が写真も活用しながら示されており、具体的な様子を把握することができます。

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 例えば、「ひらがな、カタカナの練習アプリを利用した学習」について、当初はプリントを用いた書き取りの反復練習を行っていたが、意欲が持続しないケースが目立ったこと、アプリを用いた学習を行った結果として、自分のペースで文字の読み方、形、書き方を同時に学ぶことが可能となったことなどが記述されています。このように、ICTを活用した実践を導入した結果、何が効果的であったのか、児童の様子にも具体的に言及しながら整理されている点が評価されました。あわせて、研究の成果についても、外国人児童を対象としたアンケート結果や児童の様子の記述など、量的、質的データを活用しながら丁寧に分析がなされており、その点についても評価されました。

セキュリティキャンプ実行委員会(愛知県)
研究課題 評価者 報告書
情報セキュリティキャンプを通した、将来活躍できるホワイトハッカーの育成
~実践的に活躍できるセキュリティ人材育成のためのカリキュラムづくりの2年目~
東京学芸大学 北澤 武 准教授 報告書(PDF)
講評

 セキュリティキャンプ実行委員会の実践研究では、「ホワイトハッカー育成のための育成実践とカリキュラムづくり」という目的のもと、中学1、2年生を対象とした4回のキャンプを行いました。全4回のキャンプでは、情報化社会の抱える課題について生徒に考えさせながら、PCの利用、プログラミング教育、発表・対話形式、ロールプレイなどの様々な学習形態を用いながら、生徒の意欲等を向上させる取り組みがなされました。

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 各回のキャンプの内容は、図表を用いながら詳細に記述されています。例えば、キャンプに参加した中学生が『パスワードクイズ「あてられる?友達のパスワード」』のクイズを作成し、実際に小学生に出題する場面について報告しています。キャンプに参加した生徒が、学んだ知識を他者に説明するというこの実践は、「学習者が学んだ知識を活用できる」ことを目指した実践例と言えます。このように本報告書には、これからの教育に求められる実践例が多く掲載されているため、教育に関わる全ての人にとって大変参考になります。

 本研究の成果は、参加者に対するアンケート調査から明らかにしました。各設問について、好意的な回答の割合を示しつつ、生徒がキャンプで十分な知識を得たことで、自信をつけたことが報告されました。一方で、学習内容が難しくなると、途中でドロップ・アウトしてしまった生徒が存在したことも報告されました。良い点のみならず、課題や改善点についての記述はとても有用であり、その観点からも評価されました。

広島市立福木中学校(広島県)
研究課題 評価者 報告書
放射線の影響を科学的にとらえるための授業展開の実践研究
~自然放射線の測定を中心とした教材開発とその効果の検証~
東京学芸大学 北澤 武 准教授 報告書(PDF)
講評

 広島市立福木中学校の実践研究では、平和教育の観点から、自然放射線に着目した実践研究を行いました。放射線に対して、科学的で客観的なイメージと知識を生徒に持たせるために、「1.放射線は、日常生活の中に存在し、常に浴びていることを実感させる」、「2.放射線を感覚的に恐れるのではなく、線量からその影響を客観的に捉えられるようにし、人体への影響の大きさを考え、冷静に判断し対応できるようにする」、「3.強い放射線ががんの治療に使われるなど、放射線の特性を有効に使うことができていることを認識させる」という3つの目標を設定しました。そして、生徒は放射線の簡易測定器を用いて、様々な地点を実際に観測し、得られたデータを分析したり、他の中学校の科学部と連携した出前授業を行ったりしました。その結果、生徒の放射線に対する悪いイメージと不安が軽減したことが報告されました。

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 本報告書では、上記の報告を説明するに際し、研究背景と目的が明確に記述されています。そして、実践の流れと連携先との関わり方や実践事例について、写真を用いながら丁寧に説明しています。本研究の成果については、生徒に対してアンケート調査を実施し、放射線のイメージを事前と事後の変化を折れ線グラフで示すなど、視覚的に分かりやすく示されています。今後の課題や展望についても詳細に記述されており、発展性の観点からも評価されました。

静岡県立掛川西高等学校(静岡県)
研究課題 評価者 報告書
ICTを使った高校生による地域活性化
~掛川市をプロジェクションマッピングやVRで活性化~
長崎大学 瀬戸崎 典夫 准教授 報告書(PDF)
講評

 静岡県立掛川西高等学校では、これまでに実践してきたプロジェクションマッピングによる地域活性化に関する研究の継続的な研究として実践しています。また、本実践研究は持続可能な地域活性化を目指し、「他機関と連携したプロジェクションマッピングの拡大による地域活性化」と、「プロジェクションマッピングやイベント開催のスキルをどのように普及するか」が、2つのポイントとして示されていました。

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 他機関との連携においては、地元の自治体や企業との連携だけではなく、国内外の学校とも連携し、協働的にプロジェクトを進める様子が記述されており、「開かれた学校」に向けた実践として、大変参考になるアプローチだと思われます。また、SNSを活用することによる情報発信や協力校の募集に加えて、Zoomを用いた遠隔ビデオ会議を実践しており、生徒らにとっても多様な学びの可能性を提供することができたと思われます。さらに、高校生が教える立場となり、小・中学生や同じ市内の高校生にプロジェクションマッピングの制作に関するスキルを伝えることで、スキルの普及だけではなく、他者への伝達を通した生徒らの成長についても記述されています。

 以上、本報告は、Sciety5.0に向けた科学技術イノベーションの創出を担う人材育成の一助として普及・発展していくことが期待されます。実践校における生徒らの成長だけではなく、他校や地域の小・中学生の成長も視野に入れた実践であることからも評価されました。

沖縄県立大平特別支援学校(沖縄県)
研究課題 評価者 報告書
知的障害児を対象とした自立活動の授業におけるICT教材の活用実践
~oTAMSAの開発と系統的な教材データベースの構築~
国立教育政策研究所 福本 徹 総括研究官 報告書(PDF)
講評

 これまで「自立活動」について、生活の中での具体的な場面や活動を通じて物事を指導することが有効であるという児童生徒の特性を踏まえて、各教科等を合わせた指導の中で適宜、自立活動の指導を行ってきました。新学習指導要領では、教科等の学習の充実という状況の下、「自立活動」の単独設置という高い現場ニーズがあります。しかしながら、教員個人の力量に依存していたり、校種を超えた異動などがあったりと、個々の児童生徒へ一貫した指導が難しいのが現状です。そこで、自立活動の指導目標・内容を設定するデジタルツール「oTAMSA」を開発するとともに、自立活動の授業で活用できる教材教具のデータベースを構築し、自立活動の指導力の向上を指導の一貫性を保つ取り組みを行いました。

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 「oTAMSA」には、児童生徒の実態、実態の整理、目標の設定、項目の選定、指導の内容の5項目から成り、具体的な指導例から指導内容を決めて実践し、その結果を分析して課題や内容を変更・調整し、個々の児童生徒に合わせて自立活動の指導内容を改善することができました。授業改善やセンター的機能を果たすために、自立活動の指導事例を保存し再利用できるように教材教具のデータベースを構築しました。データベースは82件の教材教具と25件の指導案を収録し、指導に役立てています。合わせて報告書には「oTAMSA」を活用した実践事例を示しています。「oTAMSA」とデータベースの有機的な連携や、指導事例のさらなる拡充が期待できる点も評価されました。