活動レポート

第37回有識者会議 基調報告:遠山敦子さん (パナソニック教育財団理事長、元文科相)

第37回ブレックファースト・ミーティング ゲストスピーカー 遠山敦子(パナソニック教育財団 理事長) 「こころを育む総合フォーラム」の第37回ブレックファスト・ミーティング(有識者会議)が3月25日朝、東京・千代田区の帝国ホテルで開かれた。  2005年4月に同フォーラムがスタートしてから、丸10年。この日は、活動を推進する公益財団法人・パナソニック教育財団の遠山敦子理事長(元文科大臣)が、この10年を振り返ったうえで「"こころを育む"についての1考察――次世代の日本人に伝えたいこと――」と題する基調報告を行った。その後、出席した10人のメンバー全員が、報告内容に即してそれぞれの専門の立場から発言。最近の「こころ」をめぐる状況と今後のフォーラムが取り組むべき課題について、真剣な質疑応答と意見交換が行われた。 遠山理事長の報告要旨は次の通り。
 日本社会では依然として凶悪事件、いじめ、詐欺、不祥事などが絶えることなく頻発しているが、最近はそれに加えて3つの観点が必要だと思う。それは、①少子化現象への危機感から一人ひとりの日本人に対する期待が高まり、人格の形成が社会の大きなテーマになっていること ②ネット社会の急激な発達によって、それがもたらす新しい大きな課題に直面していること ③世界の中で日本の立ち位置を考えた場合、物質本位ではなく、例えば信頼される国、品位ある国民であるためには、どのようにして「こころを育む」ことが大切なのか――といった問題だ。「こころを育む総合フォーラム」の活動は、ますます重要性を増しているのではないだろうか。では、育むべき価値とはどういうものなのか。今日はそれを構造的にとらえるため、4つの層に分けて考えてみたいと思う。  まず第1層には、人間が持つべき基本的な価値「黄金律」がある。殺すなかれ、盗むなかれ、嘘をつくなかれ、という時代・宗教・民族を超えて人類が誰しも守らなければならない規範のことだ。この規範を打ち壊す残虐な「IS」の出現などに、一体どう対処すればいいのかという大きな課題がある。黄金律とは本来、それぞれの家庭で子どもに幼い時から諄々と教えていくべきものだが、現代では学校や社会にも同じような価値基準に基づく認識と努力が求められている。  第2層は、国民が身につけておくべき基本的な権利・義務意識だろう。私は、学校教育の目的は「よき市民」を育むことにあると考えている。子どもたち自身については、いかに自信と自尊心を持つことができるか。他者との関係では、人間同士の直接的なつながりのあり方について学ぶこと。社会・公共との関係について学ぶことも欠かせない。  これについて日本では今、小・中学校での「道徳科」という大きな動きがある。制度上、道徳の時間を特別の教科として新たに設けるもので、学習指導要領の一部改正が行われようとしている。道徳科がカリキュラムの中で位置づけられるのは、第二次世界大戦後の日本の学校教育の歴史においても特記すべき時代に入るということで、教員や教科書のあり方など、よく考慮されるべき課題を含んでいるが、さまざまな種類の「価値」が明示されている。これらの価値がどのような順序と教え方によって子どもたちのこころの中に定着していくことができるのか、私は期待しながら見守っている。  こういう動きは実は日本だけでなく、どの国も子どもたちのこころの問題、道徳のあり方については非常に苦心し、それぞれ特色を持って発達させている。例えば宗教教育が盛んなイギリスでは、PSHE(パーソナル・ソーシャル・ヘルス・アンド・エデュケーション)の精神に基づいて英国的な諸価値――自尊、善悪の区別、責任、寛容などを重視している。アメリカでは、宗教教育の代わりに人格や品位を重んじるキャラクター・エデュケーションに力を入れ、学校ごとに信頼・尊重・公正などの「中核価値」を教えている。シンガポールも6つの中核価値を主題に、子どもたち自身が参加する形での新しい道徳教育に取り組んでいる。他の国々も含め海外の実情を広く参考にしながら、日本の新しい道徳科がどう実施されていくかを注視していきたい。  育むべき価値の第3層として、日本人が伝統的に受け継いできた価値意識(のプラス面)がある。自らの生き方にかかわる勤勉・誠実。他者とのかかわりを示す譲り合い・助け合い・思いやり。社会のあり方にかかわる安全・清潔・秩序。自然への畏敬に培われた「無常観」なども日本の特色だろう。東日本大震災では人々の振る舞いが世界を驚かせたが、日本に来た外国の文化人が日本人の美質を讃えた実例は昔から多い。この気風・資質はどこから来たのかと考えると、古来の武士道、禅の精神、儒教、美しい自然と風土、そこに起こった自然災害の経験などが思い浮かぶ。  そこで、次世代に伝えたい大切な資質を3つ挙げてみよう。①「道を究める」という生き方……茶道、華道などの芸道や、柔道・剣道などの武道。伝統的な匠の技に代表される「ものづくり」。人間国宝に限らず、市井の人が学ぶことを好む ②一致協力して成し遂げる姿勢……単なる和や集団主義ではなく、同じ目標に向かって進み、達成するたくましさ ③工夫し、創り上げる力……芸術、科学技術、漫画・アニメの世界でも日本人の独創性は高い。これらは日本人が伝統的に受け継いできて、今後もぜひ伝えていかなければならない価値だと思う。  最後に、第4層。ネットワークの時代に、匿名性からくる過激化をどう防ぐかという重要課題がある。グローバル化が進んであらゆる情報が瞬時に世界を駆け巡るようになったが、過度の情報社会では低劣な誹謗があふれ、ISのような許しがたい犯罪をも生むようになってきた。一方でIT機器の発達はとどまることを知らず、それへの依存によって考える時間、他者や自然と直接に触れる機会を失い、感性や人間関係が希薄になっている人が多い。四六時中、スマホに向かってゲームなどに熱中している若者を見ると、やはり人間の知力、観察力、思考力に影響することを心配せずにいられない。日本だけでなく国際的にも大きな問題のはずだが、これは果たして放置するしかないのかどうか、私たちは一つの岐路に立たされているのではないだろうか。  以上、こころを育むうえでの価値ということについて私の考えを述べてみた。このフォーラムの活動をさらに発展させるためのちょっとした提言としてお聞きいただき、ご議論願えればありがたいと思う。