2021年度(第47回)実践研究助成 一般助成の優秀な研究成果報告書を紹介します。
※実践研究助成の助成校は研究計画に即して実践研究に取り組み、その成果を研究成果報告書にまとめます。当財団では、一般助成校の研究成果報告書の内容等を評価し、優れたものを表彰すると同時に、当該学校の実践の特長等を実践研究助成の専門委員が解説しています。一般助成校による実践研究の成果をより多くの方々に、より分かりやすくお伝えいたします。
2021年度(第47回)実践研究助成 一般助成表彰
評価を担当いただいた専門委員
大﨑 理乃 武蔵野大学 講師
北澤 武 東京学芸大学 教授
今野 貴之 明星大学 准教授
佐藤 和紀 信州大学 准教授
瀬戸崎 典夫 長崎大学 准教授
遠山 紗矢香 静岡大学 講師
水内 豊和 帝京大学 准教授
(五十音順)
全体講評
北澤 武 東京学芸大学 教授
瀬戸崎 典夫 長崎大学 准教授
2021年度もまた、教育現場はCOVID-19の影響を受けました。しかしながら、GIGAスクール構想の実現により、多くの自治体では小中学生に1人1台端末が提供され、これを用いた授業実践が行われるようになりました。2021年度(第47回)実践研究助成の研究成果報告書は、1人1台端末の環境や地域の特性を活かした研究、各自治体や学校が抱える課題を解決するための研究など、多くの自治体、学校にとって参考となる情報がたくさん掲載されています。
パナソニック教育財団は、これまでに有益な実践事例に助成を行い、その実践知を社会に広く知らしめ、ICT活用の推進と教育課題の改善を支援してきました。2021年度(第47回)一般助成を受けた学校(以下、一般助成校)は、75件(小学校28件、中学校12件、義務教育学校・小中一貫校1件、高等学校13件、中等教育学校・中高一貫校5件、特別支援学校6件、在外教育施設2件、教育委員会・教育センター・教育研究所1件、複数校の教員が構成する教育研究グループ7件)でした。この75件分の研究成果報告書を加えますと、合計して3,270件の実践研究の知見が蓄積されたことになります。
昨年に引き続き、次の5つの観点から研究成果報告書を総合的に評価しました。
内容面1:研究内容・活動の創意工夫
取り組みにその学校ならではの工夫を確認できる。
内容面2:研究成果の説得性
取り組みの成果を量的・質的データで説明している。
内容面3:研究内容の適用可能性
実践推進上の問題解決の過程を示しており、取り組みを他の学校が参照しやすい(躓きや悩みにも言及している)。
内容面4:実践の批判的検討
取り組みを自己点検して、改善のポイントやその具体化を構想している。
形式面5:表現の工夫
分かりやすい文章で記されており、図表や写真が適切に用いられている。
評価委員会における審議の結果、「優秀賞」6件、「奨励賞」5件が選出されました。「優秀賞」は、根拠となるデータと評価がなされ、研究成果報告書として参考になるようなまとめ方となっており、社会的に有意義で優れた実践例として評価された研究です。「奨励賞」は、いくつかの観点で特に秀でた工夫が認められた実践研究が選出されました。これら受賞校が評価されたポイントは、次の3点にまとめることができます。
第一に、先導的なICT活用と評価が行われている点です。例えば、国立大学法人三重大学教育学部附属小学校は、360度カメラとVR技術を活用したオンライン公開授業システムの構築と実践について報告がなされています。学校法人京都橘学園京都橘中学校・高等学校は、「ARプログラミング活動の教材化とその成果物の教材利用の効果検証」のテーマで、AR技術を活用したアドベンチャーゲームを授業で活用した実践研究について報告しています。岐阜県立大垣特別支援学校では、VRとARの両方を特別支援学校に導入し、この有効性について追究しています。また、神奈川県立相模原中央支援学校では、生徒一人ひとりの課題解決を実現できるようにするために、AIスピーカーを道具として活用し、生徒の達成感を高める実践研究について報告しています。これらの学校は、導入時から全て成功しているわけではなく、何度も試行錯誤を繰り返しながら、課題と実現可能性について言及しています。どの報告も新しい機器を導入する際の参考事例になると思われます。
第二に、情報活用能力の育成やICTを活用して個別最適化された学び、協働的な学びに繋がるような実践と評価が行われている点です。秋田県立能代支援学校は、特別支援学校において、1人1台端末を活用して情報活用能力を育む児童生徒の段階的スキルを検討し、報告しています。国立大学法人大阪教育大学附属池田中学校は、総合的な学習の授業において、ICTを活用しながら探究を促す安全教育のカリキュラム研究について報告しています。恵那市恵南コミュニティ(恵那市立上矢作中学校)は、恵那市の5校をTV会議システムでつなぎ、初任者研修の一環として教科指導や遠隔合同授業等を行った教員の交流の成果について報告しています。岡崎市立福岡中学校は、不登校ゼロを目指し、不登校生徒の自立と学校復帰を促すICT活用やその他9つのメソッドについて報告しています。これらの実践研究は、解決しなければならない喫緊の課題や、子ども達に身に付けさせたい能力がとても明確でした。そして、コロナ禍ではありましたが、これらを解決するためにどのように取り組み、実践していくかが綿密に計画され、実践されたことが特徴的です。これらの実践研究は、児童生徒1人1台端末が導入された全ての学校に役立つ取り組みと思われます。
第三に、独創的な研究テーマに基づく研究の目的、方法、結果と考察、まとめが首尾一貫しており、評価がしっかりと行われている点です。江戸川区立新田小学校の研究テーマは、「タブレット通知表を活用した教師の専門性向上~家庭と連携した学習評価で育つ未来の教師像~」でした。タブレット通知表の提案は、児童・保護者・教師の三者間における交流を促すだけでなく、教員の働き方改革にも影響を与えると期待できます。浜松市立雄踏小学校の研究テーマは、「ICTを活用したプログラミング的思考を育む問題解決学習における学習評価の在り方~ものづくりを中核としたSTEAM教育のカリキュラム・マネジメントを通して~」でした。実社会の課題をICTで解決する能力は、将来の子ども達に求められる能力です。「情報活用の実践力尺度」や「探究的な学習による資質・能力」の質問紙調査と統計的な分析は、評価の方法として参考になります。そして、宮崎県立小林秀峰高等学校の研究テーマは、「1人1台の端末を使用した機械製図の学習効果に関する研究~ドラフター投影装置の開発およびBYODを取り入れた授業の検証~」でした。機械製図という工業教育の独特の授業でしたが、この授業をより良くするために、自身の端末を導入するBYOD(Bring Your Own Device)取り組みは、将来的にBYODを導入する学校に参考になると思われます。
以上を総括しますと、どの実践研究も本研究を通じて何を達成したいのか、あるいは、児童生徒、教員のどのような能力を高めたいのかが明確でした。そして、コロナ禍にもかかわらず、この課題解決に向けて研究計画がしっかりと練られたり、軌道修正がなされたりして、確実に実践がなされていました。さらに、実践のデータを蓄積し、評価のための分析が丁寧になされていました。日々、感染症予防に細心の注意を払いながら、本実践研究に取り組んでいただいた皆様に心から敬意を表します。本財団の助成による成果が、より多くの教育現場に広がることを期待しております。
なお、今回の研究成果報告書の評価は、実践研究助成の専門委員の中から、次のメンバーが担当いたしました(五十音順)。
大﨑 理乃 武蔵野大学
北澤 武 東京学芸大学
今野 貴之 明星大学
佐藤 和紀 信州大学
瀬戸崎 典夫 長崎大学
遠山 紗矢香 静岡大学
水内 豊和 帝京大学
優秀賞(6件)
浜松市立雄踏小学校(静岡県)
講評
本実践研究では,STEAM教育を総合的な学習の時間に位置づけ,「ものづくり」をプロジェクト学習の中心としたカリキュラム・マネジメントを試みています.教科横断的な視点にとどまらず,プログラミング的思考を含めた情報活用能力や,STEAMの「A:Arts」の部分が意識された単元が構想されており,Society5.0を見据えた教育実践として大変参考になります.また,実践校における児童の実態や,これまでの取り組みからの接続について言及されており,求められる人材の育成とも関連づけられているため,研究の位置付けや目的が読者に伝わりやすく示されています.
代表的な実践として,「観光MAPづくり」や「のれんづくり」,「歴史PRづくり」などの5つの実践について言及されており,それぞれのグループが実社会の課題解決に向けて学ぶ様子が丁寧に記述されています.また,実践の様子からは,児童が直面した課題追考の難しさについても示されており,「作りたい物を作るのではなく,他の人に見てもらうための創作活動」に向けての取り組みの意義が伝わってきました.
さらに,STEAM教育を通した問題解決による児童の変容する姿を評価しており,研究成果としても分かりやすく示すことができています.特に,「情報活用の実践力尺度」や「探究的な学習による資質・能力」に関する質問紙調査による学習前後の統計的な分析にとどまらず,児童の学びの実態を踏まえて考察することができており,説得力をもって研究の成果を示すことができています.また,児童の学びに関する記述だけではなく,教員の学びについても言及されており,教師教育の観点からも参考になる実践研究だと思われます.
今後の課題として,学習過程における形成的評価の難しさにも言及しており,本実践に対する批判的な検討についても考察できており,他校に対しても大変参考になる実践事例であるとともに,今後の発展的な取り組みが大いに期待できる実践研究であると感じました.
国立大学法人大阪教育大学附属池田中学校(大阪府)
講評
国立大学法人大阪教育大学附属池田中学校の実践研究では,2001年(平成13年)6月8日におきた殺傷事件を受けて,生徒が将来に渡って安全安心な生活を送ることや,安心で安全な社会づくりの一員となる生徒の育成を目標に,安全教育に取り組んできました.本実践研究の目的は,総合的な学習の時間において,ICTを活用しながら探究的な安全教育のカリキュラムの研究開発と生徒の「安全」に関する資質・能力の育成を目指すことでした.総合的な学習の時間の「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」のスパイラルに則って,生徒のICT活用とその効果を,データに基づきながら丁寧にまとめられている点が,高く評価されました.
「課題の設定」では,自分たちが調べたいことや考えたいこと,自分自身の現状の把握などを他者と共有するためにICTを活用しました.「情報の収集」では,アンケートやインタビューや現地調査など,生徒の生の体験を重視し,TV会議システムやWebアンケートの実施,ボイスメモを利用した録音などを行う学習活動を行いました.「整理・分析」では,シンキングツールを使った可視化,整理,意見交流,分析,情報の共有をICTで実施しました.「まとめ・表現」では,ICTでスライドの作成と発表を行い,他者からのフィードバックをもらう学習活動を行いました.これらの活用方法は,他校の参考になると判断されました.
本実践研究の評価は,生徒に対する質問紙調査と,単元終了後のまとめレポートの記述の2つの側面から分析がなされました.生徒に対する質問紙調査では,95%の生徒が安全に関する意識の向上が認められたことを明らかにしました.KH-Coderによる自由記述の共起ネットワーク分析では,本実践研究で行われた探究的な学習の良さとして,安全学習を自分ごととして捉え,考えることに繋がり,ひいては学びが深まることが分かりました.このような質的,量的の両側面からデータを分析し,本実践研究の評価を行った研究の在り方は,これから実践研究に取り組み,評価を行う学校にとって,とても参考になります.
宮崎県立小林秀峰高等学校(宮崎県)
講評
宮崎県立小林秀峰高等学校は、工業教育の実習科目のひとつである「機械製図」において、製図台(ドラフター)への生徒の密集・密接の解消をめざした「ドラフター投影装置の開発」と、基礎製図検定の合格率を上げるための「BYOD を取り入れた授業」の2つを実現するための研究に取り組んでこられました。工業教育と聞くと特殊な内容かと想像される方もおられるかもしれませんが、実習系科目における生徒の密集・密接を解消させたり、BYODを取り入れたりする本研究の知見は、他校でも参考になる客観性の高い研究であると思います。
報告書の特筆すべきところは、機械製図の授業目標や評価指標を具体的に立てられていることと、それぞれの実践での要件が明確に述べられていることの2つです。例えば、高校2年生対象の機械製図の授業における問題点を先行研究を踏まえた上で製図台(ドラフター)投影装置の要件を示していることや、BYOD を取り入れた授業における生徒端末にインストールしたアプリやその具体的な使い方などが整理されております。
さらに本研究では、教師のみで授業改善に取り組むのではなく、製図台(ドラフター)投影装置の開発に関しては、すでに「機械製図」を履修した3年生を巻き込み、自分たちがこれまで受けてきた「機械製図」の授業をどのようにして良くしていくのかの観点を持ちつつ、共に投影装置の開発に取り組んでいたのも興味深い点です。
加えて、本研究の評価について、当初立てていた基礎製図検定の合格率の向上もさることながら、授業後の生徒の自由記述を定量的に分析し、可視化して示していることや、授業内容・BYOD・教室環境などのデザインについての課題についても真摯に取り上げいることから、多面的に検討がなされていると言えます。
以上のように、同校の報告書は、機械製図の分野においてICTを活用した取り組みであることのみならず、生徒を巻き込んだ授業改善や多面的に授業分析がされている実践報告であることが高く評価されました。
学校法人京都橘学園 京都橘中学校・高等学校(京都府)
講評
京都橘中学校・高等学校は, 「情報Ⅰ」の授業実施に向けて,Augmented Reality (拡張現実,AR)コンテンツ開発を取り入れた教育プログラムの検討に取り組みました.審査では,近年注目されているAR技術を用いた創造的活動という教育プログラムの内容と,実践の課題と改善策が具体的に記載された報告書の2点が特に評価されました.また,報告書では,取り組みの中で確認された技術的課題についても言及されており,学校種を問わず今後ますます発展が想定されるプログラミング教育の視点からも,参考になる実践と思われます.
本研究では具体的に,①学習への関心意欲,②学習効果,③授業実施に向けた課題の3点を検討することを目的として,部活動での準備的実践(実践1)と「情報の科学」での授業実践(実践2)という2段階の実践を行い,生徒を対象としたアンケート調査や生徒の振り返りからその効果を検証しました.実践1では,ARアプリ開発というテーマに生徒が関心意欲をもって取り組んだ様子や,ソフトウェアの互換性や日本語での情報の少なさなど実際にアプリケーションをプログラミングする上で直面する困難さに生徒が気付いた様子を,生徒の感想文から読み取ることができます.また,3D CGを表示するポスター作りに取り組んだ実践2では,ARというテーマに対する生徒の活動意欲が過去に実施していた数独パズルのプログラミングに比べて高かったことのほか,実践2を通して生徒がARの仕組みについて学んだ様子が示されています.加えて,当該実践を報告した研究会では,ほかの教員から情報科目以外の探究学習への連携の可能性が示されており,今後の展開が期待されます.
なお,本研究で確認された課題では,授業実践の中でのテクノロジーの位置付けのほか,技術トレンドの変化の早さがあげられています.これらの課題は,変化し続ける社会と関連した授業を実施する上で,避けることのできないものであり,新たなテクノロジーを利用した授業実践というだけでなく,目的を見据えた指導展開や学習を促進するための教材検討に向けた資料として,有用な研究報告であると考えられます.
神奈川県立相模原中央支援学校(神奈川県)
講評
GIGAスクール構想により、障害のある児童生徒が1人1台の端末を効果的に活用できるよう、一人ひとりに応じた入出力支援機器の整備も進められている。特に知的障害を伴う肢体不自由児には、ICT機器そのものの理解やそれを用いた学習内容の理解に加え、コミュニケーションにおける入力・出力のあり方においても個に応じた支援が必要となる。
可動部位を活かした多種多様なスイッチに加え、近年では視線入力による意思決定装置も安価になり、肢体不自由特別支援学校では活用が進んできている。そのような中、本実践は一般にも普及し、入手が容易であるAIスピーカーを用いて、学習や日常生活においてよりよく活用するためのあり方について検討したものである。対象生徒の心理・身体的な実態把握の方法、AIスピーカーである必然性やその中でもEchoを選択した理由(価格や機能だけでなく、対象生徒の構音の課題など様々な側面から検討している)、学習場面での活用とその教育的成果の客観的・定量的評価、生活場面への般化や社会的評価、何より生徒自身にとってのAIスピーカーがある生活への有用感の高まりなど、多角的な視点から実践の成果を報告している点が高く評価できる。本報告は、ICT活用の研究にとどまらず、特別支援教育分野における実践研究とはどうあれば良いかという点において、単に事例報告にとどまらず、読み手に有益な知見をもたらすことのできる事例研究とするための要件、すなわち、どのように仮説を生成し、計画を立て、実践を行い、多面的な評価をすれば良いのかということについて、非常に示唆に富むものとなっている。こうした研究的視点を持ちながら今後も継続的に特別支援教育分野におけるICT活用の有効性について実践的検討を行い発信してほしい。
恵那市恵南コミュニティ(岐阜県)
講評
恵那市立上矢作中学校の「公立恵那市恵南コミュニティ」では,5つの中学校がグループとなって実践研究を行いました.具体的には,教員経験年数が少ない教員を対象としたグループを作成し,中堅教員をメンターに充てて,TV会議システムを用いながら,交流を図る取り組みです.具体的には,教員経験が少ない教員が中間・期末テストの作成方法や,教科経営についての悩み相談をベテラン教員に行いました.この取り組みはユニークで,他の自治体に有益な情報提供となると高く評価されました.さらに,本実践研究の評価は,参加した教員の自由記述をKH Coderを用いて丁寧に分析を行っており,評価手法についても高く評価されました.
ICTを活用した交流は,悩み相談のみならず,若手教員が取り組んだ研究授業を,別の学校のベテラン教員が実践し,若手教員と情報交換を行いました.これに加えて,中1数学「比例」,中2社会「明治維新」,中1理科「状態変化」では地区5校のうち,2〜3校の生徒がオンラインでつないだ「合同授業型」の授業実践を行いました.これにより,生徒は多様な価値観や学びを共有し,教員にとってもまた,教科経営の学びを得ることができました.
教員の自由記述分析から得られた知見として,「授業」「相談」「方法」などのキーワードが抽出されました.5つの中学校をICTで繋いだ本実践研究は,若手教員にとって,授業の方法が相談できる点で有効であったことが示唆されました.これに加えて,「実践」や「教材」「研究」「有意義」のキーワードが抽出され,若手教員の教材研究に対する意識や指導力向上に貢献したことも窺えました.
また,遠隔の生徒同士がICTでつながった授業実践については,計画通りに行かない難しさを明らかにしつつ,一方で,このような学習活動が生徒のためになるという実感を教員が抱いたことを明らかにしています.1人1台端末などのICTの普及により,遠隔教育が益々盛んになることが予想できます.本実践研究で明らかになった知見や組織に関する課題などは,今後,遠隔教育に取り組む学校にとって,重要な示唆となることでしょう.
奨励賞(5件)
江戸川区立新田小学校(東京都)
講評
江戸川区立新田小学校の実践は,体育におけるICTの利活用場面に焦点を当てたうえで,児童・保護者・教師の三者間における交流を促す工夫が盛り込まれた大変参考になるものでした.ICTの活用方針が明確であるだけでなく,記録した内容を対話的な学びへとつなげており,かつ保護者の方や地域の方を含めた学習者コミュニティの形成へとICTを役立てている点が素晴らしいと言えます.
具体的には次の3点が高く評価されました.1点目は,各児童が体育科での活動をICTで記録するだけでなく,児童がそれら記録の中からポートフォリオ化する部分を選択し編集していた点です.児童が目的を持って,主体的に学習成果をまとめるうえでICTが効果的に位置づけられていました.2点目は,保護者も児童が作成したポートフォリオを活用することができた点です.ポートフォリオは教師が児童を評価する目的で用いられることが多いですが,新田小では,児童がポートフォリオを用いて学習成果を保護者に説明したり,説明を受けた保護者がポートフォリオに対してコメントを加えたりすることができました.1人1台端末を持ち帰ることで,児童の学びを保護者がより良くわかることが促されたと考えられます.また,体育だからこそ,学習の成果を楽しく家庭で共有しやすいという効果もあったと思われます.3点目は,教師が各児童の学びをより良く見取ることが促された点です.各児童がどのような問題を見つけ,何ができるようになったのかを教師がより良く知る上で,児童の学習過程をポートフォリオでまとめたことや,ポートフォリオに対する保護者からのコメントが大変参考になったことが報告書に示されています.
学年末には学校公開の際にポートフォリオ発表会が開催され,児童が年間を通じて体育で学習したことを発表することもできました.保護者だけでなく,地域の方に対して児童の学びをわかりやすく示すうえでも,ICTが有効に活用されていたと考えられます.
国立大学法人三重大学教育学部附属小学校(三重県)
講評
三重大学教育学部附属小学校は、360度カメラとVR技術を活用したオンライン公開授業システムの構築と実践に取り組んできました。報告書では、こうした実践が求められる背景として、1)新型コロナウイルス感染症による社会情勢の変化により、これまで現地でしか参加できなかった公開授業がオンラインで簡単に参加できるようになったこと、2)しかし、オンラインで配信される授業映像は、子どもや指導者の一方向のみを映すものが多く、参観者が多様な視点で授業を見ることが難しいという課題があったこと,3)公開授業では、指導者の手立てや子どもの活動、教室全体の様子など、授業の何を見るかは参観者によって異なり、さまざまなニーズに応える一つの解決策として、360度カメラとVR技術を活用したオンライン公開授業システムを開発し、公開研究会を実施することの3点について言及しています。それにより、読者は同校の実践研究の必要性を文脈に即して理解することができるでしょう。
また、報告書では、校内研究会を通して360度VR撮影システムの構築と失敗という試行錯誤を繰り返しながら、システムの確立が時系列に丁寧に説明がなされており、その意図についても知ることができます。あわせて、代表的な実践については、写真も掲載されており、360度映像内で児童の情報端末の様子も確認できるように工夫されている様子を知ることができます。さらに、オンライン授業公開では映像よりも音声の方が聞き取りにくい状況を誰しもが体験をする中で、音声の別撮りと合成システムを確立し、より良いオンライン環境での授業参観を可能にしたところが重要な点です。
岡崎市立福岡中学校(愛知県)
講評
岡崎市立福岡中学校の実践研究では,不登校生徒数をゼロにすることを目標に,リモート授業など,ICTを活用しながら,不登校生徒の自立と学校復帰に向けた取り組みを行ってきました.そして,取り組んできた実践を詳細に報告しながら,9つのメソッドを導きました.このような取り組みは独自性が高く,かつ,同様の生徒を抱える学校にとって,とても貴重な報告書となるため,高く評価されました.
9つのメソッドの詳細は,報告書を参考にされたいですが,「①不登校はひとつの現象にすぎない.今,その生徒はどんな支援を必要としているかを正確に見取ることが必要である」「③自分の得意なことや苦手な事を見つける.得意なことを強みにすると,自尊感情が自己肯定感にまで高まる」「⑥不登校支援の最も大きな支援は「待つ」ことである.その子にはその子の暦がある」などが挙げられました.不登校生徒との接し方がとても参考になる報告書です.
秋田県立能代支援学校(秋田県)
講評
障害のある子ども、特に知的障害のある子どもの学びにICTを取り入れる上で、生活年齢に基づく学年や学部単位で一斉に行うということは、その障害特性上、容易なことではない上、そもそも妥当とも言い難い。しかし2021年度(令和3年度)から、すべての特別支援学校においてもGIGAスクール構想による1人1台端末と高速ネットワークが整備され、「主体的・対話的で深い学び」が目指されるようになった。
本実践は、こうした知的障害のある児童生徒にとってICT活用をどのように進めていことで情報活用能力を高めていくことができるのか、その問いに対する一つのガイドラインを示そうとするものである。タイトルにもあるように、児童生徒が1人1台端末を活用する学習のねらいと場面について3段階に分けて、その活用方法や提示方法を検討している。端末の配備により1人1台は割り当てられているがそれをルールのもとでどう児童生徒自身が身近に感じ、まずは触ってみたいと感じられるかを取り扱う基本的操作の第1段階「出会う」、個別の支援や教科等の指導に有用でかつ「メモ」「カメラ」「Clips」などのプリインストールされているアプリを習熟する第2段階「慣れる、使う」、そして端末を十分に活用した生活単元学習や美術科などでの学習活動への展開である第3段階「活用する」のステップの組み方とそこでのていねいな実践のあり方が示されている。そこではスキルの習得、ICTを活用した学び合いの創出、学習場面から他の生活場面などへの応用といった児童生徒の活用の質的・量的な深まり・広がりが成果として報告されている。本実践の取り組みと成果は、児童生徒の実態や学校の教育課程などでそのまま援用できるわけではないものの、他の特別支援学校にとっても、参考になるところが大きいだろう。今回の報告では中学部を中心とした取り組みであったが、今後は、小学部や高等部への展開はもちろんのこと、継続的な取り組みによる成果についても期待したい。
岐阜県立大垣特別支援学校(岐阜県)
講評
本実践研究では,VRやARの技術を利用し,体験的な学びを重視した新たな学びのかたちとして,先駆的な取り組みであると考えられます.教室内という限定された学習環境における効果的なICT活用として,他校でも取り組んでほしい実践であると感じました.また,防災教育をテーマとした難しい課題に対して,児童生徒の実態に合わせたVR・ARの効果的な活用を試みており,特別支援学校での実践事例にとどまらず,多様な校種においても大変参考になる実践として高く評価させていただきました.
代表的な実践では,本実践の様子が丁寧に言語化されているため,学習者の学びの実際を読み取ることができました.また,実践を通した具体的な課題や,その解決策についても示されているため,読者が自分自身の実践に活かしてみたいと思えるような内容になっています.
研究成果においては,VR・ARの有用性について児童生徒の様子を元に示されています.一方,教師の主観的な感想に留まってしまったことによる評価の難しさなど,本研究おける評価の限界についても言及しており,批判的に研究成果を捉えることができています.また,ARにおける性質上,学習者の実態によっては,必ずしもARの活用が有効ではないとも考察されており,テクノロジーのみに頼った実践ではなく,多様なアプローチによる学びの質を保とうとする先生方の姿をイメージすることができました.今後の課題や展望についても丁寧にまとめられていることから,さらなる研究の推進や他校への波及が大いに期待されます.