瀬戸崎 典夫 長崎大学 准教授
佐藤 和紀 信州大学 准教授
パナソニック教育財団は、これまでに有益な実践事例に助成を行い、その実践知を社会に広く共有することで、ICT活用の推進と教育課題の改善を支援してきました。2023年度、第49回一般助成を受けた学校(以下、一般助成校)は、69件(小学校22件、中学校15件、義務教育学校・小中一貫校2件、高等学校13件、中等教育学校・中高一貫校3件、特別支援学校7件、複数校の研究者による教育研究グループ7件)でした。この69件分の研究成果報告書を加えますと、合計して3,413件の実践研究の知見が蓄積されたことになります。
昨年度に引き続き、次の5つの観点から研究成果報告書を総合的に評価しました。
- 内容面1:研究内容・活動の創意工夫
取り組みにその学校ならではの工夫を確認できる。
- 内容面2:研究成果の説得性
取り組みの成果を量的・質的データで説明している。
- 内容面3:研究内容の適用可能性
実践推進上の問題解決の過程を示しており、取り組みを他の学校が参照しやすい(躓きや悩みにも言及している)。
- 内容面4:実践の批判的検討
取り組みを自己点検して、改善のポイントやその具体化を構想している。
- 形式面 :表現の工夫
分かりやすい文章で記されており、図表や写真が適切に用いられている。
評価委員会における審議の結果、「優秀賞」5件、「奨励賞」10件が選出されました。「優秀賞」は、根拠となるデータと評価がなされ、研究成果報告書として参考になるようなまとめ方となっており、社会的に有意義で優れた実践例として評価された研究です。「奨励賞」は、いくつかの観点で特に秀でた工夫が認められた実践研究が選出されました。ここでは、これらの受賞校に共通する特徴について言及いたします。
<1人1台端末等を基本とした発展的な学習環境の提供>
第一の特徴として、GIGAスクール構想によって整備された1人1台端末等を基本とした発展的な学習環境の提供が挙げられます。
霧島市立川原小学校は、「タブレットを活用した観測・観察活動により、児童に科学的な概念を育ませるための実践」をテーマに、気象観測と植物栽培を組み合わせた教育プログラムの実践を試みました。1人1台端末の活用によってデータを持ち寄り、それらを集約することによって、児童らが科学的な概念を獲得する過程について報告されています。七飯町立大中山小学校は、「子供と教師によるリアルタイム・再編集型「情報活用能力マップ」の試み」をテーマに、教師中心の指導から児童の主体的な学びへの転換に着目しました。本実践研究では、情報活用能力の指導を児童に意識化させ、自ら情報活用能力を学んでいくような学習をどのように構築するのかを検討しています。新潟市立内野中学校は、「教育目標に基づく資質・能力の育成」をテーマに、ICTを効果的に活用することによって、生徒の「学びのエンゲージメント」と資質・能力について取り組んだ研究です。自己の成長をメタ認知するために、iOS端末の表計算アプリケーションを用いて自作のレーダーチャートを活用しています。鹿児島修学館中学校・高等学校は、「学校図書館の「学習・情報センター」機能の充実とICT活用との統合・融合」をテーマに、学校図書館の「学習・情報センター」としての機能を充実させることを目的としています。本実践研究では、図書館へのプロジェクタやスクリーンの導入に加えて、自分自身の端末から教室や家庭でも図書検索ができるように書籍検索サービスの導入や、授業での図書館利用のための教員研修など、具体的な実践内容が示されています。
また、ICTを活用した学習者の制作活動に着目した実践事例を紹介します。京都市立大淀中学校は、「エネルギー・環境問題を主体的・対話的に考える」をテーマに、社会科、理科、技術・家庭科が連携し、エネルギーと環境問題に対する多角的な理解を深めることをねらいとしました。生徒自身が作成したデジタル絵本を使用して海外の生徒との国際交流を行うことで、他者に伝える難しさを感じてもらうなど、生徒の国際理解と言語能力向上の観点からも興味深い実践でした。日本福祉大学付属高等学校は、「国際「探究」学習を“カンボジアの教室”と創る」をテーマに、生徒が興味・関心を持って取り組むことのできる生徒主体の探究活動とするため、高校生が英語学習動画を作成・配信し、現地からのフィードバックをもとに動画を改善するサイクルを繰り返しました。
以上に挙げられるように、GIGAスクール構想によって整備されたICT環境を利用しつつ、さらなる発展的な実践に取り組まれており、他の学校の参考になることが大いに期待されます。
<先端技術の活用による次世代の学び>
第二の特徴として、VR(Virtual Reality)やドローン、加速度センサー等の先端技術を活用した次世代の学びに向けた実践研究が挙げられます。
星槎もみじ中学校は、「不登校特例校における課題解決学習を深化させるためのVR教育の実践的研究」をテーマに、学習意欲が湧かない、受け身的な態度で学習する等の傾向がある生徒の実態に対して、HMDによる没入型のVR技術の活用可能性について検討しています。富岡市立富岡中学校は、「自己の特性を360°カメラの動画で振り返る活動を通して「社会的に共有された調整」が図れる生徒の育成」をテーマに、メタ認知で自己理解を促すために、360°カメラで撮影された動画を利用した振り返り活動を実践しています。奈良女子大学附属中等教育学校は、「国語科×社会科×哲学で学校と教科と時代を越えるSTEAMプロジェクト」をテーマに、中等教育国語科と社会科で活用可能な360°動画コンテンツを生徒がつくり、学びに活用するPBLを開発することを目指しています。また、生徒がつくった360°動画を複数校で共有することで、複数校による教科の枠組みを超えたSTEAM教育を提案し、教育的意義を検証しようと試みています。
その他の先端技術の活用として、長野県須坂高等学校は「学有林を題材とした探究活動・科目横断型学習プログラムの開発」をテーマに、ドローンを利用した植生遷移のデータ蓄積を行い、探究的な学習と教科学習の両方に導入できる教材の開発を試みています。立教新座中学校・高等学校は、「宇宙を題材とした小型センサーによる慣性力に関わる定量実験の開発」をテーマに、生徒の興味を大切にしながら、高等学校でも実現可能な実験環境の開発に取り組むものでした。かながわeye愛プロジェクトは、「重度重複障害児の学びを個別最適化する教材開発」をテーマに、視線入力の活用を深める取り組みとして、児童・生徒の実態に合った教材の開発や、学校外での利用の普及とともに、視線入力装置を活用する意義について検討しています。
さらに、先端技術の活用による教員研修に着目した実践事例を紹介します。三重大学教育学部附属小学校は、「360度VR授業映像を活用した教員研修デザインの構築と普及」をテーマに、360度VR授業映像を活用した教員研修デザインの構築と、その効果検証を試みています。空知情報教育研究サークル つたえーるは、「遠隔地を結ぶ授業研究と研修モデルの開発」をテーマに、メタバースプラットフォーム「ovice」を活用し、オンラインでの授業研究と研修を行う新しい方法を開発しました。広島県立福山特別支援学校は、「肢体不自由のある児童生徒に対する効果的な介助及び指導支援方法に関する教員の技術の短期習得を目指して」をテーマに、動作解析ソフトウェアを利用して、専門家およびベテラン教員の介助動作を分析し、その動作を初任者や初学者が視覚的に理解できるような研修プログラムの開発を試みています。
以上に挙げられるように、VR技術を中心にドローンや加速度センサー、視線入力装置、動作解析ソフトウェアなど、多様な技術が活用されており、先導的な実践事例として他の学校の参考になることが大いに期待されます。
<総括>
以上を総括しますと、児童・生徒や学校の実態を踏まえた上での明確な目的があり、その目的を達成するための実践に取り組めていたと思います。また、STEAM教育や制作活動を通した教科横断的な学びや、探究的な学びに関するテーマが多く、Society5.0に向けた資質・能力の育成に着目している点も特徴的でした。
具体的な評価の方法として、t検定による評価や、相関関係の分析による評価等による統計的な手法が用いられた実践もありました。さらに、学習者による自由記述をカテゴリ化することによって整理したり、KH Coderを用いたテキストマイニングによって、学習者らの記述を可視化したりするなど、研究成果の根拠を量的・質的データで丁寧に説明することができている点が高い評価に繋がったと思われます。また、実践研究のプロセスや成果について批判的に検討し、改善のポイントやその具体化について議論している実践も高く評価されていました。
本務に追われながらの多忙な毎日の中、本実践研究に取り組んでいただいた皆様に心から感謝申し上げます。また、本財団の助成による成果が、より多くの教育現場に広がり、児童・生徒にとっての充実した学びに寄与できることを期待しております。
なお、今回の研究成果報告書の評価は、実践研究助成の専門委員の中から次のメンバーが担当いたしました。(五十音順)
大﨑 理乃 信州大学
佐藤 和紀 信州大学
瀬戸崎 典夫 長崎大学
泰山 裕 中京大学
遠山 紗矢香 静岡大学
登本 洋子 東京学芸大学
水内 豊和 島根県立大学
脇本 健弘 横浜国立大学