2008年10月の立野小学校のICT活用状況は,「日常的に活用している」担任は一人もおらず,「時々活用している」が27%,「数回活用したことがある」が35%,そして,「活用したことはない」が38%であった。2010年7月の調査では,全員が「ほぼ毎日」(73%)あるいは「週1回以上」(27%)活用しており,学校全体でICT活用の日常化が実現した。
この背景には,2009年12月「学校ICT環境整備事業」の全学級へのデジタルテレビの整備,2010年7月の全学級への実物投影機の整備がある。
ICT活用に対する意識の変化も顕著であった。実践を通して「大きく分かりやすく見せることができる」というICT活用のメリットや効果を実感し,「実物投影機で子どものものと同じものを映すとわかりやすい。」,「拡大提示により子どもが集中する,視線が揃う。(それを確認しやすい)」,「子どものノートやワークシート等を拡大提示すると学習意欲が高まる。」といった気付きが生じている。
多くの教員が「授業スタイル,流れは変わらない。」と述べていることから,これらの効果がこれまでの授業スタイルを踏襲したまま,つまり教員にとって授業の設計や実践において,大きな変更を迫られることなく,負担とならないかたちで生じていたことがわかる。また,計画的な活用から必要に応じて随時活用することが常設環境によって自然に生じていることや,教員も子どもも活用することに慣れ,積極的に活用しようと考えるようになったという意識の変化も見られる。
活用の中心は,「実物投影機で教科書やノート・作品を映す」ことである。研究当初,電子黒板を追加3台導入したものの,2010年7月には全学級に実物投影機を整備することを多くの教員が要望したことからも,実物投影機のニーズが高かったことがわかる。教員が実際に活用した上でICT機器を選択し,整備を進めていくことも普及要因の一つであると考えられる。常設することで,教員がICT機器を含んだ教室環境の見直しを行い,活用するための工夫を重ねてきたことも重要なポイントの一つであろう。ICT機器の設置や活用の工夫は,研究授業の機会が多く,教員がお互いにICT活用の場面を見ることが可能だったことで広まっていった。日常的な活用や授業研究を通して,ICT活用の体験,便利さ,効果を全員が共有できたのである。
なお,対象校の校内研究のテーマはここ数年一貫して「ともにかかわり合いながら「自分づくり」を進めていく子の育成」であった。特に研究授業では,学級全体での話し合い活動の場面が重視されていたことから,教員だけでなく児童も発表に使っている割合が高く,「子どものノート等を提示して共有化が図れ,子ども同士のかかわり合いが生まれる。」ことが重視されてきた。この点は,立野小学校のICT活用の特徴が現れている部分である。
立野小学校のICT活用は,「慣れ親しむ」「試用する」段階を超え,デジタルテレビと実物投影機を中心としたICT機器が教室環境に埋め込まれ,印刷メディアや黒板と並び日常的な授業に「統合」されている段階にある。ICT機器の導入,活用は,従来の授業スタイルに埋め込まれてはいるが,「新しい方向づけ」や学校全体の教育システムに大きな変容が生じている訳ではない。学校研究として継続的に取り組んでいる「ともにかかわり合いながら「自分づくり」を進めていく子の育成」のための授業改善の方向性に沿ったICTを含んだ学習環境の構成とICT活用を含んだ指導が充実しつつある過程である。
立野小学校の取り組みは「ICT活用で学校や授業が変わる」ことを目指していはいない。「ともにかかわり合いながら「自分づくり」を進めていく子の育成」のためにICTをどのように埋め込んでいくか,という研究である。
次のステップは,さらなる授業の質の向上であり,実物投影機と同様に多くの教員のニーズに合ったICT機器が現れない限り,新たなテクノロジーの導入、定着はないだろう。
本稿は,下記の論文の一部を編集、加筆したものである。
野中陽一, 山田智之, 中尾教子, 高橋純, 堀田龍也(2010)普通教室のICTが活用されるまでの過程に関する事例研究,日本教育工学会研究報告集, JSET10-5, pp.135-140
なお,10月29日の研究発表会については,財団のWebページで詳しく紹介されているので,下記を参照していただきたい。
http://www.Pef.or.jp/20_diary/2010/diary_20101105a.html